2017年2月8日水曜日

物欲の充足はどこまで行っても永遠に幸福感の充足を導かない(その1)

先日までの話で、物欲というキーワードが出てきたので、そのことについてもう少しつらつらと思いつくままに書き進めてみたい。
物欲からフリーであればあるほど生きやすいと思うのだ。

例えば、マイホーム。
これは物欲というくくりではあまり考えられない。”夢のマイホーム”という言葉はもう随分古い響きを帯びているが、それでも今でも、やはり人は家を買うという一つの夢をモチベーションにして、日々の仕事に取り組んでいると言えなくもない。
つまり家を買うことは”夢”というくくりで取り扱われる類のものなのだが、私は敢えて”物欲”というくくりで判断してしまいたい。

なぜならば、まず大雑把にひとつ言えることは、家を買うという夢を叶えることによって、人が幸せを見つけるわけではないと感じるからだ。

ここでひとまず物欲の話からテーマは幸せについて逸れるが。
人は基本的に夢を追って何かしらの目標を立てて上を目指す事が多い性質を持っている生き物だが、じゃあその夢というものは、最終的に何を達成したいのかと究極的に突き詰めていくと、結局は”幸せになりたい”の一言に尽きるのでは無いか。
しかし”立派な家が欲しい”なんて夢を叶えた人を幾人も見てきたが、それが直接の原因で幸福を手に入れたというケースを目撃した試しが無いので、私はこれを信じていない。

幸福感というのは千差万別のもので、それぞれがそれぞれの価値観の中で異なる幸福感を感じて日々生きていると考えれば、家を買う夢を追って資金を貯め、実際家を購入し、幸福感を感じていると想像できなくもないが、私の考えでは、幸福感というのは千差万別では無いと思っている。

これはただの受け売りでしかないが、昔見た映画で非常に心に残っているシーンと言葉がある。
これはもしかしたら既に過去の記事の中で触れたかもしれないが、その映画は”In To The Wild”という映画で、この映画はとても素晴らしいので皆さんにお薦めしたいが、詳しく触れるとまた話は逸れて長くなるのでここでは割愛しておき、ともかくその映画の中で主人公が最後の最後で幸福というものについて、ある結論に突き当たるのだ。
そして彼が書き残した文章が、次のようなもの。

”Happiness only real when shared."

これは日本語に意訳するとおおよそ「幸せは、共感の中にのみ実現する」というようなことになる。
私はこの言葉に触れて後は、幸福というものの定義を個人的にこれだと決めつけることにした。
幸福とは、共感ないし共有、そういうものなのだ。

長くなってきたので明日に続く。

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