2017年1月11日水曜日

おっさんの妄想

「殺人犯はそこにいる」(清水潔著)を昨日読み終えた。


以前にもそのことを書いたが

今年始まってすぐに見つけた、今年最もお勧めしたい一冊をご紹介

結局2回ブックカフェに通っただけで読んでしまったくらい、没頭していた。
読み終えて、ここで感想を述べると、ネタバレっぽいことにもなってしまうし、結局素晴らしい素晴らしいと絶賛するくらいしかできないので、具体的な感想は置いておくとして、それに関係して、冤罪というものが、もし自分の身に降りかかったら、という事を考えてみた。

私のまず以前の感覚を述べるならば、殺人犯です、と言われて警察に捕まり、裁判で終身刑なり死刑が宣告された人が、やっぱり無実でしたと刑務所から出てきた時、それをぱっとニュースや新聞などで見て思うことといえば、まず

「そうは言っても、まったく無実無根の人が捕まったり裁かれたりするはずがない。結局、火の無いところに煙は立たないと言うし、立証ができなかっただけでヤったんだろう。」

ということだ。
しかしこの本を読んで、本当に、まったくの無実無根の人間が、まったくの見当違いでいきなり警察に捕まり、殴られ、脅され、迫られ、混乱の中で苦し紛れに嘘の自供をして、それがそのまま裁判で真実が明らかにならないままに、終身刑、さらには死刑が執行されるということが、起きているという事をまざまざと教えられた。

私のような汚い新聞配達員のおっさんなら、ありうることかもしれない。
ある日、配達を終えて部屋に戻り、パソコンをいじったあと、毛布にくるまっていると、いきなり警察が何の前触れもなく入ってきて、意味もわからず殴られ「お前がやったんだな?!」と怒鳴られ、被害者の写真を突きつけられ、警察署に引きづられていく。
寒い取調室で、永遠と耳元で「どうしてこんなことをしたんだ!」と叫ばれ、裸にされ、食事を絶たれ、殴られて「DNA型が一致した」と「確定的な証拠があがっている」「絶対に有罪は揺るがない」と繰り返され、脅されつづけ、極度のストレスを与え続けられる。
そのあげくに「今自供したら、情状酌量の余地もあるかもしれない」という希望もちらつかせる。
そうなれば、私も同じように、朦朧とした意識の中で、とにかく裁判になれば真実が明らかになる、自分はやってないと。今はとにかくここから逃げたい、これを終わらせたいと、嘘の自供でもなんでもしてその場をしのごうとするかもしれない。
そこには、絶対にやってないんだから、最終的には必ず誤解が解け、解放されるはずだという希望があるはずである。
つまり、国家というものが、裁判という極めて厳密で複雑なプロセスの中で、そんなミスを看過したまま、まったくの無実の自分を、最終的に殺すはずが無いという、ある種の信頼がある。一般市民である自分にとって、有罪判決というのは罪を犯した人間にしか降らないし、無罪判決は無罪の人間にしか降らないと思い込んでいる。

しかし実際は、ミスだったのだ。

国家のミスで20年ほどの時間を拘置所の中で過ごしたのが、自分だったとして、果たして一体、どんな気分なのだろうか。

これは犯罪だと思う。
トラックの運転手が、うつらうつらしていて誤って歩行者を轢き殺してしまった。というのは、誰に確認するまでもなく犯罪だ。
では、ずさんなDNA型鑑定をした技師や、思い込み捜査で間違って無実の人間を逮捕した刑事は、過失罪なのだろうか?
私が逮捕された身だったら、何十年たった今でも、どうかこの関係者を裁いてくれと思う。

しかし国家の仕組みの中で、取り組まれた業務の中で起きた失態というのは、国家によってうやむやにされていくのだろうか。

例えばもっと極端な例を出してみると、テロリストによって自爆テロの標的になり、何の罪も無い市民が殺された国が、テロリストのアジトがあるとされる地域に軍事行動を起こし、その結果、たまたま無関係の市民を間違って殺してしまったり、した場合、それを起こした軍人は裁かれるのだろうかと想像して、たぶん、過失に見合った罪に問われる事は無いだろうと想像される。

では、こんなケースならどうなのだろう?
自分の家族を殺した犯人を追いかけていたトラック運転手が、とうとう犯人を追い詰めたと思った時、犯人と瓜二つの無実の人間を、間違って轢き殺してしまった。
むちゃくちゃな例だが、これはきっと裁かれるだろう。
構造上似たような因果が見あたるが、前者と後者ではやはり何かが違う。

国家がやりなさいと言った事の中で起こった事故を、国家が徹底的に責任追及するということは無いだろう。
それはつまり、翻って自分の身に罪が降りかかってくるからだ。
ここでいう自分とはつまり、警察官だとか政治家だとか裁判官だとか検事だとか、そういった人間たちだ。
もしその時捜査した刑事責任者や、科学捜査をした技師の責任を厳しく追及しようとしたら、そこに関わった膨大な法律家や政治家などの、国家公務員たちの責任を、全て白日のもとに晒さなくてはならなくなってくる。
そんな重大事と、一人のおっさんの人権を天秤にかけて、おっさん側に傾くとは、どうにも思えないのだ。

おっさん側の属性に属する自分としては、これは非常に楽しく無い想像であった。



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