自分らしい時間を見つける生き方をしている人が、ミニマリストなのであろう。
私も”働かないミニマリスト”などとわざわざいうのは、どうしても働きたくないのではなく、また働けないのでもなく、いかに自分の時間を作るかということを追求したいからだ。
働かない、というのは、厳密に”働かない”わけではないが、一般的な意味での労働活動、サラリーマンとして会社に雇われたり、起業したり自営業を継いだりして、人生の大半を”仕事”に捧げて、社会の中で生きる自分にこそ生き甲斐を見つける生き方とは全然違う、正反対の生き甲斐の見つけ方を模索するというような意味合いで、働かないと銘打っている。
ミニマリストと呼ばれる人々も、反動的なQOLを求めている人々であるから、私が向いている方向は極めてミニマリストと呼ばれる人々と同じ方角だと信じている。
それが一言で言うと、自分らしい時間を見つける生き方になる。
主婦が家の中のものを断捨離したり料理を時短したりして自分らしい時間を作り出すのと同じことで、サラリーマンも生活の中のものを断捨離したり仕事を時短したりして、自分らしい時間を追い求める。
他人の時間の中に生きる働き方の断捨離とでも言おうか、これは私にとって自分らしい時間を作るのに最も役立った劇的な人生最大の断捨離であった。
しかし、儲からない。
こればっかりは仕方ない。
その代わり、自分の時間が与えられる。
何時に起きて何時に寝るのか、今日はどこへ出かけ何をするのか、雨が降る朝はどういうふうに過ごし、気持ちの良い午後はどういうふうに過ごすのか、なんのために時間を使うかということを、自由に自分で決められる。
人の為に時間を費やす人生には、大いなるやりがいもあり、惜しみない賞賛や膨大な対価も支払われる。
なんの指標も無く大海に漕ぎだす成人男女にとって、この生き方は処世術の最もメジャーな第一歩であろう。
このやり方は、多くの人から迷いや苦しみを取り除き救う効果があるので、まったく否定する必要が無いが、どうしてもこのやり方では救われない人もいる。
そういう人は、自分の時間を見つける生き方の模索にシフトしていかなくては、辛いまま時間を費やすことになるだろう。
何に時間を費やすかを、真剣に考えると、ミニマリストになる人が増えるのではないかと思う。
テレビの番組鑑賞に時間を費やすことを、本気で疑いだすと、テレビを捨てたくなる。
掃除に時間を費やすことを、本気で疑いだすと、家具を捨てたくなる。
収集やコレクションに時間を費やすことを、本気で疑いだすと、絵や本を捨てたくなる。
お金稼ぎに時間を費やすことを、本気で疑いだすと、家や車を捨てたくなる。
その先で、自分らしい時間の費やし方を考える。
ミニマリストとは、時間の使い方、そしてその時間の作り方を考える人と、言い換えることができるかもしれない。
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